鋳造・凝固シミュレーション
By M.Sato
概要
鋳型の空隙部に溶湯を注入し、複雑な形状の金属製品を製造する技術は広く使われています。 しかし、溶湯の流れは鋳型の内部で生じており、また高温であることから流れ場、温度場の詳細を把握するのは困難です。 数値シミュレーションを使うことにより溶湯流れの不具合(湯回り不良など)の原因を把握することができるようになります。 ここでは鋳型内部における溶湯の流動状態、温度分布を数値解析モデルを使いシミュレーションした例を示します。
解析手法
ANSYS Fluentでは溶融凝固問題を計算するために、 エンタルピー空隙率法を使用しています。 これは、固液界面に生じる半溶融領域を多孔質体としてモデル化し溶湯が流動する際の抵抗を表現する方法です。 相変化に伴う潜熱の吸収放出はエンタルピー曲線でモデル化します。
以下に計算手法の概要を示します。
エネルギー方程式
物質のエンタルピー$H$を顕エンタルピー$h$と潜熱$\Delta H$の和として表します。
$$ H = h + \Delta H $$
ここで、
$$ h = h_{ref} + \int_{Tref}^T c_p dT $$
$h_{ref}$: 参照エンタルピー、$T_{ref}$: 温度の参照値、$c_p$: 等圧比熱です。
液体分率$\beta$は固相線温度$T_{solidus}$と液相線温度$T_{liquidus}$の関数として次式で定義されます。
$$ \beta = 0\hspace{2.5cm}(\text{if} T < T_{solidus}) \ \beta = 1\hspace{2.6cm}(\text{if} T > T_{liquidus}) \ \beta = \frac{T - T_{solidus}}{T_{liquidus} - T_{solidus}}\hspace{1cm}(\text{if} T_{solidius} < T < T_{liquidus}) $$

潜熱含量と物質の潜熱$L$の関係は次式で表されます。
$$ \Delta H = \beta L $$
潜熱含量は固体状態においてゼロ、液体状態においてLとなるように変化します。
溶融凝固問題では上で定義されたエンタルピーを未知変数として以下のエネルギー方程式を計算します。
$$ \frac{\partial}{\partial t}(\rho H) + \nabla\cdot(\rho \vec{v}H) = \nabla\cdot (k \nabla T) $$
ここで、$H$: エンタルピー、$\rho$: 密度、$\vec{v}$: 流速です。
運動方程式
$$ \frac{\partial}{\partial t}(\rho \vec{v}) + \nabla\cdot(\rho \vec{v}\vec{v}) = -\nabla p + \nabla \cdot(\bar \tau) + \rho \vec{g} + \vec{S} $$
ここで、$p$: 静圧、$\bar{\tau}$: 応力テンソル、$\rho\vec{g}$: 重力、$\vec{S}$: 溶融凝固に伴うシンク項です。
エンタルピー空隙率法では、半溶融領域を多孔質媒体として扱います。 各セルの液体分率がそのセルの空隙率となります(完全に固化した領域では空隙率がゼロ)。 溶融凝固に伴うシンク項$\vec{S}$は次式で表されます。
$$ \vec{S} = \frac{(1-\beta)^2}{\beta^3+\varepsilon)}A_{mush}(\vec{v}-\vec{v_p}) $$
ここで、$\beta$: 液体体積分率、$\varepsilon$: ゼロ割を避けるための微小値、$A_{mush}$:半溶融領域の定数、 $\vec{v_p}$:固化部の引き抜き速度です。
液相の体積分率輸送方程式
$$ \frac{\partial \alpha}{\partial t} + \nabla \cdot(\vec{v} \alpha) = 0 $$
ここで、$\alpha$: 液相体積分率
凝固シミュレーションでは、これらの輸送方程式を連立させて、非定常で計算します。
解析事例
円筒形状を組み合わせて構成された鋳型に底面から溶湯を注入します。 鋳型の周囲は外気に接しているため、熱伝達境界としています。

時刻6.5秒時点における溶湯の温度コンターを示しています。注入口から周辺に向かって徐々に温度が低下していることがわかります。

以下の図は同じ時刻における溶湯の液体分率$\beta$を表しています。 これは$\beta$が0.2から0.8の範囲を表示しています。 これより、どこの領域で溶融、固化状態になっているかを可視化することができます。

以下に時刻 t=7.76秒時点における温度コンターを示します。 左側の接続円筒部では温度が過大に低下しており、湯回り不良が発生していることが分かります。 この問題を解決するためには、溶湯注入口の位置を変更したり、境界の伝熱状態を改善することが考えられます。

弊社の解析事例
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