3D Gaussian Splatting × 物理シミュレーション ― 実空間を「丸ごと」解析する
By K.Yoshimi
はじめに
ハンディ型 3D スキャナで街を歩くだけで、その空間が 3D Gaussian Splatting(3DGS) として写実的に再構成できるようになりました。
この記事では、XGRIDS 社のスキャナで取得した実空間の 3DGS データを、そのまま数値流体解析の計算対象として利用し、 シミュレーション結果を実写品質の空間に合成した 4 本のデモをご紹介します。
いずれも映像加工ではなく、SPH や LBM といった物理ソルバーによる計算結果です。
3DGS × 物理シミュレーションのコンセプト
従来の数値解析では、まず CAD で解析モデルを作成する必要がありました。 しかし実際の現場には樹木・電柱・看板・パラソルといった複雑な構造物があり、これらを CAD で再現するには膨大な手間がかかります。 結果として「解析はできるが、現実そのままの環境では試せない」という状況が生まれていました。
そこで、実空間を 3DGS として取り込み、その形状を直接計算領域として使う、というアプローチを試しました。
- 課題:従来解析は CAD モデルが必要で、樹木や複雑構造物の再現に手間がかかる
- 解決:XGRIDS で実空間を 3DGS 化し、そのまま計算領域として利用する
- 結果:実写品質の空間に物理シミュレーションを合成でき、防災・風況・施工検討にそのまま使える
現場を歩いてスキャンするだけで解析の入力データが用意できるため、 「この場所が浸水したらどうなるか」「この小路の風はどう流れるか」を、実際の風景の上で示すことができます。
共通ワークフロー
4 本のデモは、いずれも次の流れで制作しています。
- スキャン — XGRIDS のハンディ型スキャナで対象空間を歩行計測します
- 3DGS 再構成 — 点群と画像から 3DGS シーンを生成します
- 解析形状の抽出 — 幾何情報から壁・地形・障害物を取り出し、STL やボクセルマスクに変換します
- 物理計算 — SPH(DualSPHysics)または自作 CUDA LBM ソルバーで流体計算を実行します
- 深度合成 — 計算結果を 3DGS シーンに重ね合わせ、動画として出力します
解析入力には LiDAR 点群を使う
3DGS のガウシアンは「見た目」を最適化した表現であり、面形状を正確に表すことを目的としていません。 そのため 解析の入力形状には 3DGS 変換前の LiDAR 点群を使う ほうが有利です。
- 幾何としての信頼性が高い(測距の直接計測値である)
- 色(球面調和係数)を持たないためデータ量が 1 桁軽い
- 標準的な点群形式のまま、既存のメッシュ生成・ボクセル化に流せる
一方 3DGS は、最終的な可視化・合成の背景として使います。 同じ 1 回のスキャンから両方が得られるので、解析入力は LiDAR 点群、見せ方は 3DGS と役割を分けるのが実務的です。
マゼンタキーによる深度合成
シミュレーション結果を実写空間に重ねるとき、単純に上から描くだけでは、 手前にあるはずの建物が流体に隠れてしまい、不自然な映像になります。
そこで、流体をレンダリングする際に 3DGS 由来の形状を遮蔽体として扱い、隠れる部分は描画しないようにしています。 さらに背景をマゼンタ(RGB = 255, 0, 255)で塗っておき、そのマゼンタ部分を透明として 3DGS 映像に重ねます。
これにより、構造物が手前にあれば流体が遮蔽され、奥にあれば流体が手前に描かれるという正しい前後関係が得られます。
動画デモ ① 浸水シミュレーション(SPH)
トレーラー留置場をスキャンし、堤防決壊による浸水を再現したものです。
- 対象:トレーラー留置場(XGRIDS でスキャン)
- シナリオ:堤防決壊による浸水
- 物理:DualSPHysics(SPH、ニュートン流体)
- 可視化:粒子から IsoSurface で水面を生成し、半透明+鏡面反射で表現
- カメラ:ドリーイン・パン等の移動カメラで立体感を強調
- 用途:浸水ハザードの可視化
車両やコンテナのあいだを水が回り込んでいく挙動が、実際の敷地形状のうえで確認できます。
動画デモ ② 土石流シミュレーション(ビンガム SPH)
都内某所の歴史的建造物をスキャンし、集中豪雨による土石流を再現しました。
土石流は水と異なり、ある応力(降伏応力)を超えるまで流動しない性質を持ちます。 そこで DualSPHysics の非ニュートン流体機能を使い、Herschel–Bulkley–Papanastasiou(HBP)モデル で計算しました。
$$ \begin{align} \mu_{\mathrm{eff}} = \frac{\tau_0 \left( 1 - e^{-m \dot{\gamma}} \right)}{\dot{\gamma}} + K \dot{\gamma}^{,n-1} \notag \end{align} $$
ここで $\tau_0$ は降伏応力、$\dot{\gamma}$ はせん断速度、$K$ は塑性粘度、$n$ は流動指数です。 $n=1$ とすればビンガム流体に相当し、指数項は降伏応力による発散を避けるための Papanastasiou 正則化です。
今回用いた物性値は以下のとおりです。
| 項目 | 値 |
|---|---|
| 密度 $\rho$ | 2000 kg/m³ |
| 降伏応力 $\tau_0$ | 200 Pa |
| 塑性粘度 $\mu_p$ | 50 Pa·s |
| 正則化パラメータ $m$ | 3 |
💡 これらのパラメータは、当社で実施した JIS R 5201 モルタルフロー試験の DualSPHysics 再現解析 (実験値 260 mm に対し精度 106 %)で校正した値をベースに、密度・降伏応力・塑性粘度を土砂用に調整したものです。
動画では、土石流が門の前面で堰き止められ、水とは明らかに異なる、粘性の高い塊としての挙動を示すことが確認できます。
発展:土石流が建物に及ぼす圧力の評価
動画だけでは「見た目が派手」で終わってしまいます。 そこで同じ計算結果から、門に作用する力 を定量的に取り出してみました。
力から圧力へ
WCSPH では、境界近傍の粒子圧力に数値的なスパイクが現れることがあり、圧力を直接読むと非現実的な値になりがちです。 そのため、DualSPHysics 付属の ComputeForces で門に作用する合力を求め、 それを土石流が接触している面積で割って、単位面積当たりの力(圧力)として評価しました。
結果
| 項目 | 値 |
|---|---|
| ピーク圧力 | 約 90 kPa(1 m² あたり約 9 トンの力) |
| ピーク発生時刻 | $t = 1.15$ s(土石流の到達直後) |
| 持続平均圧力 | 約 11 kPa($t \geq 2$ s) |
| ピーク合力 | 約 1450 kN(接触面積 16 m²) |
土石流の代表流速から見積まれる動水圧のオーダーと整合しており、物理的に妥当な値が得られています。
到達直後に短時間の大きなピークが現れ、その後は 1 桁小さい値で持続する、という土石流の特徴的な荷重形態が確認できました。 このような値は、外壁・開口部の耐力設計 や 防護壁などの対策施設の規模算定 の検討材料として利用できます。
動画デモ ③ 街角の気流シミュレーション(LBM)
カフェ前の小路をスキャンし、その空間形状を障害物として気流を計算しました。
- 対象:カフェ前の小路(植栽・パラソルを含む実空間)
- 物理:自作 CUDA LBM ソルバー(D3Q19、MRT-Regularized + Smagorinsky SGS)
- 格子数:1120 万セル(400 × 200 × 140、格子幅 5 cm)
- 流入風速:約 3 m/s
- 計算性能:GPU 1 枚で約 1300 MLUPS(42,000 ステップを数分)
- 可視化:流線/速度断面/Q 値の 3 視点(同一計算を 3 通りに可視化)
- 用途:風況・ヒートアイランド評価、煙突排気、歩行者快適性
樹木やパラソルは 3DGS 点群からボクセル化したマスクとして与えています。 CAD ではまず作らないような雑多な障害物が、そのまま計算に入っているのがこの手法の利点です。
動画デモ ④ 路面電車まわりの空力可視化(LBM)
博物館に展示されている路面電車を XGRIDS のモバイルマッピングで取得し、車両まわりの流れを可視化しました。
- 対象:博物館展示の路面電車(1 両)
- データ変換:XGRIDS の LCC 形式から標準 3DGS PLY へ変換(自作コンバータ)
- 物理:自作 CUDA D3Q19 LBM ソルバー(MRT-正則化 + Smagorinsky LES)
- 計算性能:約 2000 MLUPS(RTX 2080 Ti)
- シナリオ:車両前面に向かい風
- 可視化:トレーサー/流線/Q 値の 3 手法を連続上映
⚠️ この動画は 定性的な可視化デモ です。 実物大のレイノルズ数ではなく縮約した条件で計算しているため、抗力係数などの定量的な空力評価には使えません。 一方で、剥離・後流渦・流線パターンといった流れの大きな構造は、レイノルズ数が十分高ければ形状が支配的になるため、 定性的な傾向としては妥当な結果が得られています。
応用範囲
同じ枠組みは、実空間の形状が重要になる分野に広く適用できます。
- 防災ハザード可視化 — 浸水ハザード、津波越流、内水氾濫、土石流、斜面崩壊、雪崩
- 風況評価 — 歩行者快適性、ビル風、ヒートアイランド、排ガス・排煙の拡散予測、煙突立地検討
- 施工・設計検討 — 建設現場の雨水排水、コンクリート打設フロー
いずれも「その場所の、あの障害物を含めた形状」で計算できることが価値になります。
まとめ
- XGRIDS の 3D Gaussian Splatting と物理シミュレーションを組み合わせ、実在空間を「丸ごと」解析対象にしました
- SPH(ニュートン/ビンガム非ニュートン)から LBM まで、対象に応じたソルバーを適用しました
- マゼンタキーによる深度合成により、構造物と流体の正しい前後関係を再現しました
- 動画による可視化だけでなく、合力を接触面積で割ることで、設計検討に使える圧力の定量評価も可能です
- 解析入力には 3DGS 変換前の LiDAR 点群を使い、可視化には 3DGS を使う、という役割分担が実務的です
現場を歩いてスキャンするだけで、解析の入力形状が手に入る時代になりました。 「この場所で、この現象を見てみたい」というご相談がありましたら、お気軽にお問い合わせください。
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