河川の塩水遡上解析
温暖化・渇水にともなう海水の河川遡上を
SEEPAGE3D の塩分輸送機能で評価する
背景
2026年夏、欧州を襲った熱波の第二波により、イタリアのポー川では河川水位が低下し、海水が河口から最大 18〜25 km 上流まで逆流したと報じられました(エネルギーレビュー 2026年9月号「海外エネルギー事情」)。河川流量の減少によって海水が河道内を遡上する現象は、取水施設の塩水化や農業用水への影響に直結するため、流量の変化に対して塩水がどこまで到達するのかを定量的に把握することが重要になります。

ここでは、この現象を SEEPAGE3D の塩分輸送解析機能 を用いて1次元でモデル化し、解析解との比較によって計算精度を検証したうえで、平水から渇水、そして流量回復までの一連の塩水の遡上・後退を再現した事例をご紹介します。
解析モデル
感潮河川は、潮汐によって河道内が上下方向によく混合された状態にあります。そこで河道を鉛直・横断方向に平均した1次元の移流分散問題として扱います。河川流による下流向きの移流と、潮汐混合による上流向きの分散とが釣り合う位置で塩分濃度の分布が決まります。

SEEPAGE3D では、河道を空隙率 1・貯留を持たない多孔体とみなすことで、既存の飽和浸透流+塩分輸送の枠組みをそのまま適用できます。上下流端に与える全水頭差が河川の水面勾配に、透水係数が流れの抵抗に対応します。
支配方程式(1次元移流分散方程式)
ここで \(c\):相対塩分(海水 = 1、淡水 = 0)、\(v\):河川流速 [m/s]、\(D\):潮汐混合係数 [m2/s]、\(x\):河口からの距離 [m]、\(t\):時間 [s]
定常状態の塩分分布
河川流による下流向きの移流と、潮汐混合による上流向きの分散が釣り合った状態です。
遡上距離(塩分が海水の 1 % となる地点)
遡上距離は河川流速に反比例します。流速が 1/5 になれば遡上距離は 5 倍に伸びます。
解析結果 1:流量別の塩水到達範囲
河川流速を平水時から渇水時まで変化させ、それぞれの定常状態における塩分分布を求めました。計算結果は解析解と完全に一致し(相対誤差 0.1 % 未満)、数値的な振動や負の濃度も生じていません。

平水時には河口から約 4 km にとどまる塩水が、河川流速が平水の 1/5〜1/6 まで低下すると 18〜25 km まで到達します。これは 2026年夏にポー川で報じられた遡上距離の規模と一致します。
解析結果 2:平水から渇水、そして回復まで
上流端の境界条件を時系列で与えることにより、流量が変化する過程での塩水の遡上と後退を連続的に追跡できます。平水(10日間)→ 減水(10日間)→ 極端な渇水(30日間)→ 流量回復(10日間)→ 平水(20日間)という 80 日間のシナリオを解析しました。
塩水の遡上と後退(80日間)
動画 上段:河道内の塩分分布、下段:遡上距離と河川流速の推移

- 遡上は緩やかに、後退は急速に:減水の開始から報道値の範囲に達するまで約10日を要する一方、流量が回復すると約1週間で 5 km 以下まで後退します。
- 渇水の継続期間が影響を左右:渇水が 1〜2 週間続くと塩分分布はほぼ定常に達し、到達範囲はその流量で決まる最大値まで広がります。
- 短期的な渇水では影響は限定的:数日程度の流量低下であれば、塩水は定常状態の到達範囲まで進む前に押し戻されます。
周辺の土壌・地下水への影響
塩水の遡上による影響は、河川の水そのものにとどまりません。塩水化した河川水は河床や河岸から周辺の帯水層へと浸透し、地下水を通じて河道から離れた場所にまで塩分が広がります。

- 農地の土壌塩害:塩分を含んだ地下水の水位が上昇すると、毛管上昇によって作物の根が張る層まで塩分が達し、生育障害を引き起こします。地表からの蒸発によって塩分が土壌表層に集積することもあります。
- 取水井戸の塩水化:河川沿いの井戸では、揚水によって塩水が引き寄せられ、取水した地下水の塩分濃度が上昇します。
- 影響の長期化:河川の塩分は流量が回復すれば数日から数週間で押し流されますが、一度帯水層に入った塩分は流速が小さいため、回復に長い時間を要します。
SEEPAGE3D は河川と周辺地盤を一体としてモデル化できるため、河川の塩水遡上を境界条件として与え、周辺の帯水層における塩分の広がりや取水井戸への到達を、2次元断面あるいは3次元でそのまま解析することが可能です。密度差による流れ(塩水が淡水の下に潜り込む挙動)も考慮できます。
本解析の特長と応用
- 追加ツールが不要:SEEPAGE3D の標準機能(塩分輸送・時刻歴境界条件)のみで構成でき、専用の河川モデルを別途用意する必要がありません。
- 解析解による検証済み:定常状態の塩分分布・遡上距離とも解析解と一致することを確認しています。
- 短時間で試算可能:80日間の非定常解析が数分で完了するため、流量シナリオを変えた比較検討を短いサイクルで実施できます。
- 鉛直2次元への拡張:密度差を考慮した鉛直断面モデルにより、底層に海水が入り込む塩水楔(えんすいくさび)の形成過程を表現することも可能です。
本ページの解析は、現象の把握を目的とした簡易的なモデルによるものです。実河川への適用にあたっては、河道断面形状・流量実績・潮位変動などの実測データに基づくモデル化とパラメータの同定が必要となります。具体的な検討をご希望の場合はお問い合わせください。



